2010年01月19日

「なみだ」という供養をわすれては、なりません





もちろん、無理に泣く必要はありません。

しかし、堪える必要もありません。




天国の門を通る前に、

遺されたものの涙を見ること、

嘆く声を聞くことは、

亡くなった方への一番の、最善の、供養の方法です。





私は昨夜~今日の午前中、一睡もせず、

それこそ絞ったら滴り落ちるだろうな、と思う量の涙を流しました。




「あんまり嘆いたら、亡くなった方が成仏できないわよ」というのは、

それは亡くなって半年も一年も、涙に明け暮れた場合のお話し。




ね。

もったいなかったね、って。

残念だよ、って。

信じられない、って。

なんで???、って。



たくさん、泣いてさしあげるのが、一番の供養なの。



その理由はふたつある。



その涙をみて、声を聞いて、

亡くなった方は、自分が肉体を離れたんだ、ってはじめて理解できるの。


そしてもうひとつ。

その涙をみて、

ああ、僕のしてきたことは無駄じゃあなかったんだ、って思えるの。

こんなに僕の死を、悼んでくれる人がいるなんて、ってそう思えるの。



そうしてはじめて、天国の門に向かって旅たつことが出来るの。

みんなの愛を胸に。

そして、自分が生き抜いたんだ、っていう自信を手に。




そのためならば、私はいくらでも涙腺が熱くなるまで涙を流します。





Posted by 天野夕海(あまのゆうみ) at 01:11 │メッセンジャー&メッセージ